鉛筆ブラスター

鉛筆が文を置きに来る場所。写真もたまに載せるかもしれない。

とある思念体の一日。

「…やかましい…」

薄暗い2畳程度のスペースの寝床のコンクリートの床で寝ていた俺は、ここ一ヶ月で最悪の目覚めをさせられた。

今日は近くで工事でもしているのか、俺の寝床には無駄に力強い振動と騒音が鳴り響いていた。

小鳥のさえずりさえ無慈悲に蹂躙されかき消されている。

朝の穏やかさが微塵もなくなってしまっている。

工事をするなら近所をまわって断りを入れておけ、と一瞬苛立ったが、そういえば俺はここに勝手に住み着いているだけだった。

苛立ちはすぐに不甲斐なさに変わってしまった。

 

とりあえず、寝ぼけた頭を起こすために水を一杯飲む。

水道が通っているわけではないので汲んできた水を水筒に入れているだけだ。

だが夜の寒さで冷やされそれなりに美味しい。

意識ははっきりしてきた。

 

寝床の壁の隙間から、光が差し込んでいる。

そこを能力で作った「眼」で覗いてみる。

 

雲ひとつない晴れ晴れとした青空のもとで、泥まみれのツナギを着た大柄の男たちが黙々と作業をしている。

朝早くから仕事熱心なことだ。

俺からすれば迷惑でしかない。

 

さて、こんな環境で『今日は昼頃まで寝よう』などという発想は出てこないので今日の予定を考える。

どこかに出かけるのは確定とする。

図書館に行くか?

それとも釣りでもしに行くか?

いや、散歩するだけでも気晴らしになるかもしれん。

ともかくここから一刻も早く離れたい。

しゃべるのは好きだがやかましいのは嫌いだ。

 

案はいくつか出たが、とりあえずミトラの教会に行くことにした。

「まだ早朝だが久々に教会に顔を出すか、ここから早く離れたいからな」

本当は教会に行きたいだけの自分に建前を立てつつ、今日の予定を決めた。

なぜ俺はこんなことをしているのだ。

 

 

 

 

 

人間からの目線を避けつつ、教会の前までやってきた。

人間には早く思念体に慣れて欲しいものだ。

今でも奇異の目で見てくる輩がいる。

まぁ初めて見ればその出で立ちは幽霊そのものだから仕方ないと言えば仕方ないのだが。

 

俺の目の前の教会だが、特にご立派な建物でもなく、綺麗でもなく、たいしたものではない。

たまたま見かけても『へー』ぐらいの反応になるレベルだ。

俺がこの普通の教会にやって来たのは、決して俺が宗教信者だからではない。

疑念の性質を持つ俺に教えを素直に信じろという方がおかしな話だ。

俺の目的は、あくまである人と会うことと暇つぶしだ。

 

「おや、ダウトじゃないですか。こんな朝早くからどうしたんです?」

教会から出てきた女性はミトラ=クルス。

「慈悲」の思念体で、シスターの格好をしている。

背中にはその姿に似つかわしくない身の丈程もある巨大な十字架を背負っている。

いつも思うがあれは絶対に邪魔だ。

「朝から悪質な睡眠妨害を食らってな。久々に顔を出そうと思って来た」

「…よく分からないですが大変ですねぇ。どうぞ、入ってください」

キビキビした動作で中に入れてくれた。

態度こそ謙虚だが、彼女こそこの教会の教祖であり、俺の目的の人物だ。

 

教会正面の扉をくぐると、そこは礼拝堂だ。

礼拝堂では早朝にもかかわらず数人の信者が祈りを捧げている。

工事現場の男達を想起する熱心さだ、別に尊敬はしないが。

俺とミトラはそいつらをスルーして2階へ上がり、大きめの部屋へ入って粗末なソファーに座った。

俺が教会へ来たら、いつもこうやってこの部屋に入り、ミトラと軽く話をすることにしている。

目的とはこのことだ。

俺と彼女が知り合い、彼女が俺の考えを良い方へ向けるように話をしてくれていた頃の名残である。

最初の頃は俺に教えを説いていたが、いつの間にかただの友達同士の他愛のない会話になっていた。

もっとも、俺は彼女を仲が良い友達と言うより、尊敬すべき人物だと思っている。

心の中ではベタ褒めしているが、面と向かって言ったことはない。

だがまぁそんなものだろう、尊敬や感謝の念というのは。

「最近はどうです?体の調子は悪くないですか?」

「またそれか…もう大丈夫だと言っているだろう?」

「いやいや、いつまたあの頃の様になるか分かりませんよ!怒ったり興奮したりしてないですか?」

「君は俺以上に疑り深いんじゃないか?第一、今の状態になったのは君のおかげだ。頼むから自信を持ってくれ」

「うーん…そうですか…」

「そうだよ(便乗)」

まったく、優しいのは結構だがおせっかいすぎる。彼女の最大の欠点だと俺は勝手に思っている。

「そういえば、礼拝堂の像が壊れた件はどうなったんだ?」

「それがですね、奇跡的にほとんど砕けずに真っ二つだったので修復は簡単だったんですよ!」

「ふぅーん、そうか。でも真っ二つでもそれはそれで修復が大変だと思うんだが」

「何言ってるんです、この前ダウトが『ものが壊れたらこれを使っておけ』って接着剤をくれたじゃないですかぁ。おかげ様で大変重宝しているんですよ?」

「…アレは木工用だぞ?」

「えぇっ!?あれって何にでも使えるんじゃなかったんですか!?」

やっぱり尊敬しない方がいいかもしれない。

 

何分か話したあと、ミトラは礼拝堂へ戻っていった。

暇になったので、俺は信者とババ抜きをしていた。

異常にババ抜きが弱い信者をカモにしている。

そいつの通称もカモだ。

俺の中での話だが。

カモは負ける度「なんでだぁぁぁぁぁ!?」と叫ぶ。

やかましいのは嫌いだが、こいつの場合は面白いので特に嫌ではない。

むしろもっと叫んで苦しむがいい。

 

しばらくは平和な時間が流れていた。

ババ抜きも人数が増えて盛り上がってきたところだ。

しかし、突如としてその平和を乱す『アイツ』が現れてしまった。

『アイツ』は因縁の相手というか、単に仲が悪いというか、とにかく積極的に会いたくはない相手だ。

こうなることは分かっていたが、やはりうんざりする。

「おはよぉぉぉぉぉございまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっす!!!」

アイツは礼拝堂の扉を開けてくそやかましいご挨拶をかましたようだ。

声が二階にいても響いてくる。

アイツのやかましさは俺に工事現場の騒音を上回る嫌悪感を植え付けていく。

そして、すさまじいスピードで階段を駆け上がりこの部屋の前に立つ。

あぁもう嫌だ帰りたい。

「みんなおはよー!キャハハハハハ!」

これまたすごいスピードでドアが開かれ、アイツが姿を現す。

アイツ(災厄)の名はビリーヴ=アダマス。

こいつも思念体で、性質は信仰心。

赤髪にフリル付きのカチューシャ、黒いシスター服と他の信者と比べると異彩を放っている。

そして思念体であるにもかかわらず、何故か足があり髪の毛の一部が霊体になっている。

こいつの馬鹿力のせいで扉の留め具が外れかかっている。

信者達はそこには特に触れなかった。

日常茶飯事だから慣れてしまったのだろうか。

流石に俺も哀れみを感じる。

 「あ!白髪人間不信クソ野郎だ!キャハハハ!」

俺は本能的に身の危険を感じ、軽く柱の陰に隠れていたが、意味はなかった。

もちろんそうなることは分かっていたのだが。

意味はなくともやらないよりはマシだと思わせる程、俺はヤツが苦手なのだ。

あとその呼び方は白髪しか合ってない。

「お前、今日は随分と早いな。もう少し寝てろ、俺のためにも」

「だって今日はミトラ様に任されてるお仕事があるんだもん!代わりにアンタを永遠の眠りにつかせてもいいよ!」

「お前に殺されるのだけは勘弁してくれ」

なんだかんだで何回か殺されかけているので割とシャレにならない。

「ダウトこそ、今日は早いね。もしかして熱心にここに来て入信したいアピールしてるの?キャハハ!」

「断じて違う。悪質な睡眠妨害を受けただけだ」

 お前の方が色々と妨害しているがな。

「ふぅーん、言ってることがよく分かんないね!」

コイツと話していると、いまいち会話が成立してないような奇妙な感覚に襲われる。

 

「あ!そうだ!」

何を思い出したのか、ヤツはまたすごいスピードで寝室に戻り(ヤツは教会に住んでいる)、またすごいスピードで戻って来た。

「はい!」

「はい、じゃない。何だこれは」

「おみくじ!キャハハ、私が作ったんだよ!すごいでしょ!」

「ここを神社か何かと勘違いしているのか?」

「そんな訳ないじゃんアホ!神社にあって教会にないのは不公平でしょ?だから作ったの」

「…そうか。しかし…それはまだいいが、なぜ二本だけなんだ?」

「これはダウト用だもん!」

俺用とか悪い予感しかしない。

「引いて!引いて!キャハハ!」

引いたところで何の得もしないことは分かっていた、いやむしろ悪いことが起こるだろう。

しかしうるさいコイツを沈めるためにあえて引いてやった。

 

 

 

 

 

――――――

│ 大 │

│ 凶 │

│   │

│   │

 

「キャハハハハハハハハ!」

「…」

まぁそうなるわな。

「まったく、また下らないことを…。」

「じゃあもう一本も引いてー!」

「お前な、おみくじなのに何で二回引く必要がある?」

「まぁまぁ、これ引いたらさっきのはまだマシだったと思えるよ?」

おい、さっきより悪いことが確定したぞ。

どうせ大大凶とか超凶とかだろうが。

「引いてー!引いてー!キャハハハ!」

「…」

こういう時は無視しておこう。

「ねぇ引いてー!引いてよー!!」

「…」

「引けコラー!!顔面めりこますぞー!!」

普通ならただの冗談だが、コイツの場合はマジに聞こえてしまう。

負けるようで妙に悔しいが、下らないおみくじ(のようなもの)か顔面パンチングを選ぶなら答えは明白だ。

「分かった分かった、引いてやるとも。とりあえず静かにしてくれ」

「やったー!はいどーぞ!」

 

 

 

 

 

――――――

│ 死 │

│ ね │

│   │

│   │

 

「キャッハハハハハハハ!!はらいてー!!」

「…」

思っていた以上に下らなかった。

 

「そういえば仕事があるとか言ったが、何をするつもりだ?ミトラから任されているのならただの手伝いだろうが」

「人の立派なお仕事をただの手伝い呼ばわりとは失礼な!!ちゃんとした人助けだもん!」

こいつが人助け?

流石のミトラもとうとうストレスで頭がトチ狂ったか?

「何か分かんないけど今ミトラさまに失礼なこと考えてたでしょ!?」

何だこいつ、怖いんだが。

「それはただの気のせいだ。お前に人助けなんて10年早いと思っただけだ」

「何をー!私は慈悲深いシスターだよ?できないわけないじゃん!」

「フゥーン」

「何よその目は!じゃあ一緒についてきて間近で私の仕事ぶりを見てればいいわ!」

「はぁ?勝手に決めうぉぉぉぉ!?!?」

俺が言い終える前に、ビリーヴは俺の手を引っ張って走り出した。

腕がもげる!

比喩ではなく切実に!

「ミトラ様ーーー!!」

「は、はい、どうしたのです?あとダウトもどうしたんです…?目が虚ろですよ…?」

「な、何とか…大丈…夫…だ…」

「今日のお仕事、こいつも連れて行っていいですか!?キャハハ!」

「おや珍しい、二人で協力してくれるのですね?知らないうちに仲良くなっていたんですねぇ」

「いや協力しないし仲良k「いってきまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁす!!!」

 

俺はそのまま引っ張られて教会を後に『してしまった』。